2020.02.04
鴉-カラス- / 始動インタビュー
2020年1月1日、突如Web上に姿を現した鴉-カラス-。
当時は、ヴォーカル椋の姿とリリックMV「ぬけがら」のみを公開。鴉-カラス-とは椋のソロプロジェクトなのか??など、謎と楽曲の持つ衝撃が一人歩きしていた。

それから二週間後となる1月15日、鴉-カラス-はWeb上にメンバーの姿を公開した。それが、椋[Vocal]/絢太郎[Guitar]/幽夕[Guitar]/斗亜[Bass]/拓人[Drum]になる。

彼らは、3月20日に初の音源集「スケアクロウ-1」を発売。同日に、高田馬場AREAで行なわれるイベント「MaykyoshlsuI vol.69 PRESENTS『高田馬場アベンジャーズ』」へ出演し、ライブ活動をスタートさせる。

鴉-カラス-とは一体どんな存在なのか。
その正体を、彼らにたっぷりと伺った。

取材・文:長澤智典

完全燃焼しきれずに心が燻っていた。

――まずは、鴉-カラス-が誕生するまでの経緯から教えてください。
:僕の前のバンドが昨年5月に解散をしました。そのときは「もうバンド活動は辞めよう」「そこで完全燃焼しきろう」という気持ちから、ラストワンマン公演のときに5時間くらい演奏。だけどそれまでの中、自分の本心に嘘をついて表現や活動をしてきた気持ちがあったことから完全燃焼しきれず、終わってからも心の中に「自分が本当にやりたいものって何だったんだろうな」という疑問が燻り続けていました。その燻りが消えないどころか、「自分が本当にやりたい音楽、追い求めたい表現」を形にしないことには自分の気持ちへ嘘をついたままになることから、昨年の夏頃に「ふたたびバンドを組もう」と決意。それから、理想のメンバーを探そうと日々ライブハウスへ通い、一人一人理想のメンバーを見つけて声をかけ、昨年10月末頃にこのメンバーが揃いました。
――ということは、知り合いに声をかけたのではなく、まったく面識ないミュージシャンたちに誘いをかけてきたということ?
:そうです。どうしても、自分が納得のいくメンバーとやりたかったことから、みずからの手で探し出そうと決め、そうしてきました。
――先の話にもありましたが、椋さんの心の中には「納得しきれない想い」がいろいろとあったんですね。
:ありました。LYRIC VIDEOとして公開している「ぬけがら」にも書いたことですが、「結果にすがる時期」があり、自分の表現したい音楽や自分の理想とするヴォーカリスト像から何時しか自分自身がどんどんぶれてしまっていた。それが自分でもショックだったし、自分の中で消化しきれずにもいたこと。だからこそ、そのわだかまりを払拭したくてバンドを始めたし、まだメンバー誰一人見つかっていない中、当時の気持ちを「ぬけがら」にぶつけていった。なので、「ぬけがら」だけはふたたび動き出そうと自分で決めたときから生まれていた曲であり、「ぬけがら」にぶつけた感情はあの当時からあったものでした。

メンバーが出揃うまでのストーリー。

――最初に見つけたメンバーは、どなたでした?
:拓人です。彼は、前のバンドのドラマーの手伝いをしていたことからもともと面識はあったんです。
拓人:前のバンドのドラマーのローディーとしてドラムまわりのお手伝いをやっていたので、僕も椋のことは当然知っていました。実は僕も、やっていたバンドが解散。「新たなバンドを結成するにあたり、まずはヴォーカルから探し始めよう」と思っていた時期でした。そのときに自分が掲げていた条件が、「言葉に嘘をつかないヴォーカリスト」ということ。理想とするヴォーカリストを探すため、僕も何人ものヴォーカリストと話をしながらも、なかなか自分の心にヒットする人がいなかった。声をかけてきたのは椋からとはいえ、僕も「あっ、身近に理想の人がいた」と思えたことが一緒にやる決め手になりました。
:僕も、集めていたメンバーに求めていた基準が「野心家であり、自分のヴィジョンを明確に持っている人」でした。なんとなくバンド活動をしながら、なんとなく結果を出し、なんとなくのポジションにいながらずるずる活動をすることは絶対にしたくなかったし、そういうミュージシャンではなく、それこそ「日本武道館に立ちます」という明確な目標や強い意思を持っているメンバーたちとやりたかった。その点で拓人は最適であり、僕自身も「あっ、身近にいた」という感覚でしたからね。ちなみに、このメンバーたちは、誰一人音楽に対して嘘をつかずにぶつかってくる頼もしい人たちです。
――その次は、どなたになるのでしょうか。
幽夕:僕です。声をかけてくれたのは拓人なんですけど、「一度、話さないか」という連絡をもらい打ち合わせの場へ行ったときに拓人と椋くんがいました。そのとき、椋くんに熱い想いをいろいろ語ってもらい、その気持ちを胸に自分に声をかけてくれたことが本当に嬉しかったんです。でも、その時点では、僕自身がまだ「その想いに応えられるのか」という気持ちに不安があったことから、一度保留。「改めてもう一度話をしよう」となって、再度会う形を取ったんですけど。ふたたび話し合いの機会を設けたときには、すでに絢太郎と斗亜が入ってました(笑)。なので、声をかけられた順番は自分が先ですが、加入したのは最後になります。
――加入の決め手になったことも教えてください。
幽夕:椋くんの熱い想いに共感したのは、もちろん。それまではずっとリードギターという立場でしたが、むしろ自分は、そこではないポジションを求めていました。絢太郎は、20歳という若さには思えないギタリストで、まさに良いヴォーカルに良いギターが揃っていたことから「これはもう入るしかない」と、その時点で決めました…が、椋くんに「いきなり答えを出さなくていい、また少し時間をかけて考えたうえで、やるでもやらないでもかまわないから返事が欲しい」と言われ、心の中では「もう、やるって決めてるんだけどな」と思いながらも(笑)その日は持ち帰り、翌日に「やる」と返事をしています。
――リードギター願望が心の中で燻っていることはないんですか?
幽夕:もちろんリードを弾くのも好きですけど、違うことへ挑戦したいし、絢太郎という可能性を秘めたギタリストをもっと前へ前へと押し上げたい気持ちのほうが、僕は強いです。
――で、その次は…。
:ほぼ同時期に絢太郎と斗亜が加入しました。先に出会ったのは絢太郎のほうです。
絢太郎:僕自身、ずっとパーマネントなバンドを組んで活動をしたかったんですけど、納得のいくメンバーが見つからず、いろんなバンドさんの元でサポート活動を続けていました。そのサポート現場が一緒だった人に椋さんを紹介され、一度、一緒にスタジオに入ったのがきっかけでした。そのときの音を合わせた感触はもちろんですが、その後1-2時間くらい椋さんの話を聴きながら会話をしていく中で「この人となら」と決め、それで加入しています。
:絢太郎は二十歳という若さにも関わらず、絢太郎自身が生まれる前のヴィジュアル系バンドの音楽に影響を受けていて、僕自身も当時のヴィジュアル系バンドの音楽が好きだったので、そういう考え方での一致も含め、感覚的に共鳴しあったことや、自分にはない感性や感覚を持っていたことも大きな決め手でしたね。
――絢太郎さん自身、年上の人とやることに抵抗はなかったんですか?
絢太郎:まったく。むしろ、年齢差を気にしたら負けかなと思ってるから最初からガツガツいってました。でも、椋さんがこの見た目ですから、正直、最初は怖かったですけど(笑)。
:それ、いろんな人に言われる。斗亜もそうだったらしいし。
絢太郎:斗亜は、僕が17歳で彼が16歳のときからの知り合い。加入当時、まだベーシストを探している状態だったことから、「いいベーシストがいるよ」ということで紹介したのが、僕の高校時代からのバンド仲間であり、親友の斗亜でした。
斗亜:絢太郎からその話を聴いたとき、メンバーみんなの前のバンドの存在も知っていたので、経験のない僕がそこへ入るのはちょっと恐れ多いなという気持ちのほうが大きかったんです。実際に会ったらみんなオーラがあるし、何より、椋さんはめっちゃ怖かったし(笑)。
絢太郎:やっぱ、見た目怖いよね。
斗亜:だけど、椋さんがバンドについて熱く語っているのを聴いて、「この人についていきたい」と素直に思えたので加入を決めました。ただし、その話を聴いているときは、怖すぎて何も言えなかったんですけど(笑)。
:斗亜もすごい野心家だし、高い目標を持っていたので鴉-カラス-には最適だなと思って。
拓人:そのときの後日談になるんですけど。加入するとなったはいいけど、斗亜自身が自分の想いをほとんどしゃべっていないことから「本当に大丈夫かな」と思い、その後、リズム隊だけでスタジオへ入ったんですよ。一番の理由は、彼とじっくり話をしようと思ってのこと。で、スタジオで合わせたあとに一緒に食事をしながら話を始めたら、とにかくしゃべるしゃべる(笑)。自分がなんでバンド活動をやりたいのかなど、いろんな野心を語ってくれたことで安心したという後日談もありました。
:今でこそ普通に会話をしていますけど、加入したばかりの頃は、僕がいないときにはメンバーとすっごいしゃべっていたようです(笑)。
斗亜:だって、椋さんの顔が怖いから(笑)。

みんながみんな「良い」や「無関心」よりも、賛否の生まれる音楽のほうが、後世まで残っていくと僕らは思ってる。

――鴉-カラス-は、椋さんの表現したい音楽性や想いを軸に構築している形なのでしょうか?
:今のメンバーに出会うときから「ぬけがら」を聴かせ「こういうことをやりたい」と伝えたうえで始まっているように、当初は僕の意思を耕し、育てていく形を取っていたけど。このメンバー全員が作曲を行なうように、今はそれぞれの持ってきた楽曲を、みんなで鴉-カラス-というフィルターを通して耕し、育て上げています。ただし、「ぬけがら」が基盤になって広がりだした面は間違いなくあります。
拓人:出会って最初に「ぬけがら」を聴かせてもらったときから、「アレンジをさせて欲しい」と言って自分が肉付けを始めれば、そこへ絢太郎や斗亜、幽夕と加わるたびにブラッシュアップされ、今の形へ繋がっていった。むしろ、メンバー全員が椋の熱い想いを聴いたうえで加入したように、彼の提示した形へそれぞれが音を通して返答したのが、今の「ぬけがら」なんです。そこを機軸に今、どんどん広がりだしていますからね。個人的には、「ぬけがら」の歌詞を読んだときに「そうか、椋が言いたかったのはこういうことか」と思い、感動を覚えていましたから。
斗亜:「ぬけがら」の歌詞を読んで、じつはとても素直な人なんだと思った(笑)。
幽夕:確かに、「嘘をつかない人」「自分を素直に歌詞や音楽へ投影していく人」という印象を「ぬけがら」を通して感じたからね。
:思ったことを曲げずに表現したいタイプなんで、それで誤解を生んでしまうことも多いんですけど。現時点で一番自分の言いたかったことを曲にしたかったし、それを鴉-カラス-としての名詞代わりにしたかった。それが「ぬけがら」だったんですよ。
――「ぬけがら」へは、自分の心の中に渦巻く葛藤や憤り、悲しみや怒り、弱さ、それでも前へ向かって生きたい椋さん自身の感情の唸りを歌に投影していますよね。
:今流行りの「メンヘラ」だとか「病んでる」とか、そういう抽象的なことを歌にしながら「君たちの気持ちはわかるよ」と歌にしていく行為が僕はめちゃくちゃ嫌いで。それよりも、「僕はこうなんだ」と歌いたい。そのうえで、「あなたたちはどう思うんですか?」の関係でいいと思ってる。
――そこで共鳴する人は賛同の声を上げるし、理解できない人は触れもしなくなるだけのこと。
:むしろ、それで良いと思ってる。みんながみんな「良い」や「無関心」よりも、賛否の生まれる音楽のほうが後世まで残っていくと僕らは思ってるので。
――「ぬけがら」は、椋さん自身の感情を濃縮した楽曲ですよね。
:そうです。たまに誤解されるので言っておくと、これは誰かの悪口を歌ったり、以前のバンドのことがどうこうとか言ってるのではない。あくまでも、過去の自分に足りなかったものを恨んでるというか、当時の自分が出来なかったことに対して自分を恨んでいるだけなんです。だからと言って、足りなかった過去の自分を恨み後悔していることだけを歌にしたのではなく、そういう後悔はもうせずに、自分が目指し、求めている音楽へ向かって全力投球したいし、そうしている。僕自身の、その生きた感情を歌に封じ込めたいなと思って「ぬけがら」の歌詞を書きました。
――他の楽曲もそうですが、椋さんの中には、いろんな闇を背負った感情が蠢きながら。それを、変えようとしていく様や想いを歌に投影していくスタイルが多いですよね。
:心がもがいてるということは、まだ完成してないということ。僕は、その未完成さに美しさを覚えている。そういうことを、何時もメンバーには言ってるんですけど(笑)。
斗亜:歌詞の説明は何時もしてくれますけど、椋さんはわかりやすい人なので、それをしなくても歌詞を読めば伝わりますから。
――若手陣は、経験豊富な3人にいろんな差を覚えることもあるのでしょうか?
:むしろ、僕らのほうが2人の新鮮な意見を尊重していますから。ある程度活動を重ねていくと、無意識の中、このシーンにある常識へ縛られてしまいがちになる。でも2人は考え方の機転の効く性格であり、古い慣習に何も縛られていない。だから、「今の時代はこういうことを求められてるけど、自分たちもやるべきか、やるならどうしようか」という話になったときほど、「違うんだったらやらなくていいんじゃない?」とサラッと言ってくれる。その言葉を聴いて、「あっ、そうだよな。うちのバンドはそういうのは必要ない」となり、世の中とは異なる手法や方向性を求めていく。でも、それこそが自分たちにしか出来ない個性へと繋がっていくことなので。
拓人:この2人は経験者には出ない柔軟な発想を持っているので、そこは大事にしていきたいよね。
:それが、鴉-カラス-を独自の面白い方向へ転がしている面でもあるわけだからね。

鴉-カラス-という音源へみんなが群れる。それが音源集「スケアクロウ-1」。

――鴉-カラス-は、1月1日に始動を発表しました。当時は椋さん一人だったから、てっきりソロプロジェクトだと思っていたら、15日にバンドとしてのヴィジュアルを公開。そこで、初めて鴉-カラス-はバンドなんだということを知りました。
:そこは、僕が先走ってしまった故の結果です。
――えっ、どういうことですか?
:動き始めた以上は、活動を始めたことを早く世間へ知らしめたかった。裏を話せば、もともとは1月15日を開始日に、いろんな作業を進めていたんだけど。もっと早く鴉-カラス-の存在を示したくなり、1月1日公開に出来る時点の工程では、まだバンド全体やメンバー個人としてのアーティスト写真など未完成だったとはいえ、LYRIC VIDEOの「ぬけがら」や自分の個人写真は出来上がっていたことから、「せっかく公開できる環境があるのに、それを世の中へ待たせる意味があるのか」という想いのもと、1月1日に公開できる範囲で先走って公開したわけなんです。
絢太郎:一人だけ先行するって、ずるいよね(笑)
――楽曲も、けっこう溜め込んでいる状態なんですか?
:昨年11月から本格的に制作へ入り始めたとはいえ、メンバー全員が作曲できることから、1月中旬時点で、デモ音源という形も含め30曲以上のストックは生まれています。あとは、それをライブで形にしながら育て上げ、どれだけ音源にしていくか。「これだ」という楽曲のレコーディングを次々進めながら、次々と発表する形をどう取っていくか…。今でも各メンバー毎月最低1曲は作り、それを定期的に選曲会にかけては、そのときの鴉-カラス-として表現したい曲たちを選び煮詰めているので、楽曲はこれからもどんどん生まれていきます。
――すでに情報公開していますが、鴉-カラス-は3月20日に高田馬場AREAで行なわれるイベントへ出演し、ライブ活動をスタート。同日には、音源集「スケアクロウ-1」のリリースも決まっています。
:「スケアクロウ-1」と題した音源集には、「ぬけがら」を筆頭に、先に上げた30曲の中から厳選した6曲を収録します。タイトルへ記したスケアクロウですが、日本語に訳すと案山子という意味になります。案山子とは、もともとは田畑の鴉除けの対策として生まれたもの。逆に捉えれば、鴉が好んで集まる場所でもある。つまり、鴉-カラス-という音源へみんなが群れるという想いを胸に、そう名付けました。-1に関しては、世の中の何事も+1や+2と数を増やしていく。でも僕らは、プラスに進むことだけが正義じゃないと思っていることから、「鴉-カラス-はどんどんマイナスへ数字を重ねていこう」と-1としたわけです。今後は、その数字をマイナスで重ねていくつもりでいます。

今のヴィジュアルシーンにあるようなルーティンな動きとも相反した活動をやっていこうと思ってる。

――3月20日の始動ライブは、ワンマンではなく、あえてイベントからのスタートなんですね。
:それ、いろんな人たちによく言われます。たとえばの話、鴉-カラス-が10周年を迎えたときに過去を振り返った場合、始動ライブって一番ダサい時期に当たるわけじゃないですか。僕らは、いきなりバーンと打ち上げ花火を上げるのではなく、1本1本ライブ経験を重ね、少しずつ成長しながら。しかもその姿をお客さんたちに見守り続けてもらったうえで、自分たちで「今ならしっかりバンドの姿を伝えられる」となった状態でワンマン公演を行ないたいんですよ。
拓人:それに今って、「始動ワンマンから始めて」や「MVを作って知らしめたうえで」など、みんながみんなテンプレート化した動きをしたがるじゃないですか。僕らは、他のバンドと同じ動きも、テンプレ化した流れにも同調する気のないメンバーたちばかりなんで。それよりも、地道にしっかり経験を築き上げていきたい。
:「ぬけがら」をLYRIC VIDEOにしたのも、そういう理由があってのこと。そもそもMV制作は考えていなかったけど、ただ音源を伝えるよりは、歌詞にこだわりを持っているからこそ、その手法を取った。今後もMVを作るタイミングは何処かで来るかも知れないとはいえ、現状ではMV制作の予定はまったくしてないし、今のヴィジュアルロックシーンにあるようなルーティンな動きとも相反した活動をやっていこうと思ってる。むしろ、それこそが鴉-カラス-としてあるべきヴィジュアル系のスタイルなんだとも思っていて。
絢太郎:今はまだ制作などの地下活動がメインだからライブ本数は多くないとはいえ、僕らはライブをしたくてバンド活動をしているので、ステージに立って演奏してこそ僕らの存在意義が出ると思っています。ステージに立たなくて良いのなら、とっくにスタジオ・ミュージシャンを目指してます。だけどそうじゃないのは、目の前の人たちをバンド演奏で、僕のギターで熱狂させたいからなんです。僕のギタープレイを聴いて感動してくれる人がいるなら、それが僕にとって最高の喜び。僕はライブに生きて、ライブで死にたい人なので。
――その熱い気持ちがいいですよね。斗亜さんも、そこは同じ気持ちですか?
斗亜:みんなに比べたらまだまだ経験の少ない身だけに、まずは鴉-カラス-のベーシストとして表現すべきことをしっかり見せていきたいなと思っています。
幽夕:3月20日のデビューライブに関しては、まずはそこだよね。

本来、「人の闇」を歌っていたのがヴィジュアル系バンドだったはずなのに…。

――鴉-カラス-というバンド名の由来も教えてください。
:本来、ヴィジュアル系というのはジャンルの枠を飛びだした人たちが、まわりに何を言われようが「自分たちの好きなことを貫く」姿勢を持ってやってきた人たちの集まる場所であり、そういうバンドたちが集まって生まれたと僕は捉えているんですね。だけど何時しか、その自由さを持ったバンドに影響を受けた人たちが、どんどん枠の中へ収まりだしてしまったのが、今。僕は「蜘蛛の糸」という楽曲の中でも、何時しか真実が螺子曲がり、時代が可笑しくなってしまっていることを詞に書いて、改めて真のあり方を求めようと歌っているんですけど。そういう個性というテンプレートの中にはまってしまっている今のヴィジュアルロックシーンだからこそ、鴉-カラス-では真のヴィジュアル系ロックバンドをやりたいと思ったし、真のヴィジュアル系=黒がそれを象徴しているからこそ、黒の象徴でもある鴉-カラス-というバンド名を付けたわけなんです。
絢太郎:闇としての黒という意味も持ってね。
:今のような外に媚びたスタイルを持ったバンドがはびこるヴィジュアルロックシーンではない、「外の世界なんて僕らは関係ない」という姿勢のもと、新しいカルチャーをヴィジュアルロックシーンの中へ鴉-カラス-が産み落としてやろうと思ってる。                                
――今は、テンプレ化したバンドが多いのも事実ですからね。
:本来、「人の闇」を歌っていたのがヴィジュアル系ロックバンドだったはずが…。
絢太郎:何時しか「人の闇」ではなくて「人の病み」を歌うようになってしまった。
:そこには変化していく時代の波も重なっていることですが、「みんなが共感する悲しみや病みの歌=ヴィジュアル系」ではなく、鴉-カラス-は「わかる人だけわかる=本当の意味でのアンダーグラウンドな音楽」を追求し続ける意識だし、それこそが本来あるべきヴィジュアル系の姿。それを、鴉-カラス-は追い求めます。
鴉-カラス-
鴉-カラス-

2019年1月1日、Vo.椋とDr.拓人を中心に結成。
バンドコンセプトは”時代に流されない真実の黒”

Vo.椋の描く人の内面、言葉にし難い感情を表現した詞と
荒く生々しいバンドサウンドが交錯する。

RELEASE
鴉-カラス- 『scarecrow -1』
2020年03月20日 RELEASE

[収録曲]
1.蜘蛛の糸
2.感傷教育
3.「ぬけがら」
4.トラウマ
5.-存在証明-
6.君の桜が咲く頃に。
※会場限定販売

3月20日/高田馬場AREA公演
https://eplus.jp/sf/detail/3180530001-P0030001
終演後物販より2,500円(税込)にて販売開始

LIVE SCHEDULE
MaykyoshlsuI vol.69 PRESENTS『高田馬場アベンジャーズ』
2020年03月20日(金) 高田馬場AREA

OPEN 16:00 / START 16:30

[TICKET]
https://eplus.jp/sf/detail/3180530001-P0030001

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